無意識の前提

ものごとがうまくいっていないとき、
自分が無意識のうちに前提としていることに
注意を向けてみると
突破口が見つかるかもしれません。

たとえば、
自分の行動を振り返って
自分の短所は
「責任感がない」ことである
と思った人がいるとします。

このとき、その
「責任感がない」
と判断した基準はどこにあるのでしょうか?

もしかしたら、
その人が無意識のうち前提としている
(当たり前だと思っている)
責任感の基準が高すぎるために
自分に対して
「責任感がない」という
厳しい評価をしたのかもしれません。

もちろん、
自分に対して厳しい評価をすることは
悪いことではありませんが、
それによって
自分に自信が持てないとか、
自分にとってマイナスの結果を招いているなら
改めた方が良いかもしれません。
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五感で表せないものは変えることができない

何かを望ましい方向に変えたいとき、
その何かを
見える化、または、聞こえる化、または、感じられる化
しないと、それを変えることはできません。

例えば、
自信を持ちたいとか、
モチベーションを上げたいとか、

その「自信」や「モチベーション」が
具体的に何を表しているのか、
それがどうなったら
自信が持てたとか
モチベーションが上がったとか、
その結果が出たことがわかるのか
五感で判定できるような形になっていなければ、
具体的な対策を立てることはできません。

お星さまは、昼間は見えない

昼間は、空に星は見えません。
それは、星が存在しないからではなく、
空が明るいから星が見えないだけです。
空が暗くなると、星が見え始めます。

人間が何かを認識するためには、それと対照をなすものが必要です。
対照をなすものがあって、初めてその存在に気付くことができます。

これは、別の表現をすれば、
「違い」を浮きだたせる何かがなければ、
それを認識することはできない、
と言えるでしょう。

そして、「違い」を認識できるようにするためには、
自分の探しているものを、
見えたり、聞こえたり、感じられたり、
つまり、五感でとらえられる形で表現する必要があります。
五感を使って表現することで
何かと何かを比較できるようになり、
その「違い」が認識できるようになります。

自分が気づいていない能力などのリソースを探すとき、
探そうとしているものを、五感を使って表現していなければ、
それを既に持っていたとしても、気づけないでしょう。

たとえば、「自信」につながる何かを自分の中に探そうとするとき、
「自信」という言葉を五感を使って表現できなければ、
すなわち、
見えたり、聞こえたり、感じられたりする形で表現できなければ、
それを見つけることはできないでしょう。

能力が有ることに気付いていないだけかもしれない

梅干を食べたことがある人は、
自分が梅干を食べているのを想像するだけで
勝手に(無意識のうちに)つばが出てきます。

もちろん、梅干を食べたことがない人は、
梅干の味(酸っぱさ)を知らないので、
梅干を食べている場面を想像できたとしても
つばは出てきません。

また、たとえ、梅干を食べた経験があっても、
その酸っぱさを記憶として思い出せなければ、
つばは出ません。

ここで、この話を一般化するために、
つばが出ることが、自分にとって望ましい反応である
(つばが出ること = 自分が望む結果)
と考えてみます。
(あまり、そんなケースはないと思いますが、
あくまで例として考えてみます)

すると、望ましい反応を得るためには、
その反応を引き出す経験(記憶)をしていることが必要だ
ということがわかります。

しかし、経験(記憶)があったとしても、
それを思い出せなければ、
望ましい反応を得ることはできません。

ここでポイントとなるのは、
望ましい反応を得られないとき、
その原因は、
本当に経験(記憶)が無いからなのか、
それとも
本当は、経験(記憶)があるが、それを思い出せないだけなのか、
ということです。

梅干の酸っぱさを思い出すのは簡単ですが、
人間は、人生の中で経験してきたさまざまなことを
すべて簡単に思い出せるわけではないので、
そのように考えると、
今現在、自分(意識)では気づいていないけど、
自分の人生に役立つ経験(記憶)が、
無意識の領域にたくさん埋もれているかもしれない
と考えることができます。

それら埋もれているものを活用しないのはもったいないことです。

人格の変え方

人格の変え方、
というのは、結局、
自分の心と状態の変え方、と同じです。

両者の違いは、
「人格」というのは、
概念(単なる言葉のラベル)で、
それを、
見ることも、聞くことも、感じることもできません。
一方、
それを心と体の状態に置き換えれば、
見て、聞いて、感じることができるようになります。

見て、聞いて、感じるようにできれば、
それをコントロールすることができるようになります。