生まれか育ちか

普通、日本人であれば、日本語を話すわけですが、
しかし、
日本人であっても、
アメリカで生まれ育てば、英語がペラペラになりますし、
日本語に触れる環境がなければ、日本語を話せるようになりません。

このことから考えられることは、
どのような言語を話せるようになるかは、
生まれで(遺伝的に)決まっているのではなく、
どのような環境で育つのかによって決まるということです。


人間は、ものごとを言語で考えますので、
このことは、人のものの考え方とか、
そこからつながる行動パターンや性格にも
あてはまると考えられます。

ということは、
外国語を学ぶことができるように
新しい自分になることもできると言えるでしょう。

もちろん、外国語を学ぶのに
やる気と、学び実践しつづけることが必要なように、
新しい自分になろうと思ったら、
それなりのやる気と、そこへ向かって努力しつづけることが必要ですが。


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豚に歌を教えようとしてはいけない


豚に歌を教えようとしてはいけない。
それは豚を困らせるだけで、
無理に教えようとしても泥をかけられるだけだ。


という趣旨の格言が合ったように思います。
(たしか英語で)

しかし、環境をいろいろ変化させれば、
豚でも鼻歌くらい鼻ずさみだすかもしれないと思います。


コミュニケーションは正確であるより適当な方が良い場合もある


「偶然の科学」(ダンカン・ワッツ箸)から引用

心理学者はさまざまな実験をおこない、単純な説明の方が
複雑な説明よりも正しいと判断されることを明らかにしている。
それは単純な説明のほうが多くを説明しているからではなく、
ただ単純だからという理由による。


<教訓>
 正確に伝えようとするよりも、
 適当でも、相手があまり考えないですむように
 単純化して伝える方が、相手に受け入れられる。

これは、サラリーマン時代の、
さまざまな上司への報告の仕方から
経験的に学んだ教訓です。


メタファー(2)


人間には、なかなか言葉で表せないものがたくさんあります。
というか、真面目に考え出したら
言葉で表せるものなんて、ごく一部しかないと思います。

たとえば、ある状況における自分の心境や行動を説明するためには、
どれほど言葉を尽くしても絶対に説明できません。

自分が説明した気になっても、
絶対にその通りには相手に伝わっていません。

特に、抽象的な言葉を使うと
ますます相手の主観的な(勝手な)解釈を招くという結果になります。

こういう場合、なるべく誤解を招かないようにするためには、
話の内容を、相手が具体的に見え/聞こえ/感じられる形にする必要があります。

そこで、メタファーを用いることが有効になります。



メタファー


人間は、答がわからない問題にぶつかったとき、
自分が既に知っているもので、
その問題と同じような構造をもっているものについて
考えることで答を出そうとします。

たとえば、人生を旅にたとえて
自分の生き方を考える、とかいう場合です。

そして、何にたとえるか、によって
実際に直面している問題に対する答(考え方や態度・行動)
が変わってきます。

この「たとえ=比喩」をメタファーと言いますが、
ある人がどのようなメタファーを使っているか観察することで
その人の思考の構造が推測できるとともに、
それと同構造だが結論が違うメタファーを提示することで
その人のものの考え方に影響を与えることが出来ます。