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「強敵」と書いて「とも」と読む

「北斗の拳」に出てくる有名な台詞です。

敵は強ければ強いほど、自分自身が倒される可能性は高くなります。
しかし、その敵を倒すために努力することで自分が強くなれると考えれば、
その敵は、自分を強くするのに役立つ存在になります。

敵を敵として見る(認識する)ならば、それは敵ですが、
お互いに強くなることを目指す者として、そして、
自分を強くしてくれる存在として見るならば、
それは「とも」とも呼べるのでしょう。
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マニュアル化


先日、私の友人がマクドナルドで
「ホットコーヒーをお願いします」
と注文したところ、

店員から
「ホットコーヒーですね。ホットとアイスがございますが?」
と尋ねられたとのこと。

しかも、その友人は、過去2回これと全く同じ経験をしているらしい。

これをマニュアル化の弊害と呼ぶ人は多いが、
ここまでマニュアル化されているからこそ
極めて効率的なオペレーションもできるのでしょう。

このマニュアル化というのは、人間個人個人にあてはめれば
思い込みと言えるでしょう。

どんな人でも、自分の経験から、思い込みを作成して
人生を効率化しています。
思い込み無しで、その都度、頭を使って考えていたのでは、
人生面倒くさくてやってられません。

しかし、時には、その思い込みがもとで
人生が苦しくなったりもします。

だから、思い込みそのものは良いも悪いもなくて、
大事なのは、自分が苦しいときに、
その思い込みを別の思い込みに変えられるかどうかだと思います。


文脈のリフレーミング


リフレーミングには、文脈(状況)のリフレーミングもあります。

例えば、前回の、コップの水の例で言えば、
コップ一杯の水が必要な文脈では、
半分しかない、ということになりますし、
コップ1/4杯だけ水が必要ならば、
半分もある、ということになります。

ある文脈では、ネガティブにしかとらえられないものごとも
別の文脈では活かせることがあります。


リフレーミング


リフレーミングとは、ものごとの見方(見る枠組)を変えることです。

例えば、コップに水が半分入っている場合、
ポジティブな観点からは、水が半分もある、と言えるでしょうし、
ネガティブな観点からは、水は半分しかない、とも言えます。

どちらかの見方が正しいわけでもありません。
単に見方が違うだけです。

前回のブログに書いたとおり、
ものごとを認識するためには、2つ以上の観点が必要であるならば、
認識できるものでリフレーミングできないものは存在しません。

すべてのものごとについてリフレーミングは可能です。
それができないとしたら、
何かの思い込みにとらわれているということです。
それが良いものであれ、悪いものであれ。


「違い」がなければ、ものごとは認識できない


お星さまは昼間も輝いていますが、その姿は見えません。
周りが明るいからです。

「善」があるのは、「悪」があるからです。
この世に「善」しかなかったら、
それは「善」として認識できません。

どんなもの(こと)も、
それとは異なるものが存在しなければ、
それを認識することはできません。

つまり、人間が認識できる世界は二元世界です。
したがって、何かを認識するためには、
必ず2つ以上の観点が必要になります。




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