実体のないものには、影響力を及ぼせない


「感情」をコントロールしたいと思った場合、
「感情をコントロールしたい」という問題設定の仕方では、
永久にコントロール出来るようにはならないでしょう。

それはなぜか?
「感情」というのは、単なる言葉(ラベル)だからです。

問題は、
その「感情」という言葉(ラベル)が貼られている実体は何か、
ということです。

その実体を五感で表現して初めて、
そこに影響力を及ぼすことができるようになります。

例えば、「不安になっている」とき、
頭の中にはどのようなイメージが行き来しているでしょうか(視覚)
どのような内的対話をしているでしょうか(聴覚)
体のどの部分に力が入っているでしょうか(体感覚)

このように五感で表現できたなら、
頭の中のイメージを変えたり、
言葉を変えたり、
深呼吸したり、体を揺すらせたり、姿勢を変えたり、
これらによって、不安の状態を変えていくことができます。


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目的を持たないロボットは物を認識できない


人間酷似型ロボット研究の第一人者 石黒浩氏の著書からの引用です。

たとえば、椅子を認識するには、世界中のあらゆる椅子の形を
コンピュータに教え込まないといけない。
一方、人間は果たしてそのようなことをしているのだろうか?
人間は自らの体を通した経験をもとに、
ある程度心地よく座れるものを椅子として認識する。
初めて見る椅子であっても、それを椅子と認識できるのである。
すなわち、人間は体を使って物を認識するために、
画像に映し出される形だけにとらわれないで認識できる。
座れるかどうかという認識の目的をもとに、
必要な特徴に注目して、より一般的な認識が可能である。
コンピュータが人間と同等の認識能力を持つには、人間と同じように、
環境の中で動き回り、物に触れる体が必要となる。

        - 「ロボットとは何か-人の心を映す鏡」から引用


動画:コドモロイドとオトナロイドの動き
http://www.youtube.com/watch?v=XF3AsYuw2k4


意識と無意識の役割分担


エリクソン催眠の創始者ミルトン・エリクソンは、
意識と無意識の関係を
馬乗りと馬の関係になぞらえることがありました。

馬乗りは、自分が行きたい場所を選ぶことができます。
その場所を馬に提案する際、馬が同意しないかぎり、
両者はどこにも行かないという理解が存在します(笑い)。

そして、いったんどこに行くかについて馬と馬乗りの間に同意ができれば、
馬乗りが馬に対して、
足取りの一つひとつについて指示を出すのは差し出がましくばかげた行為です。

「個人的天才になるための必要条件」ジョン・グリンダー他箸から引用


<解釈>
「なりたい自分」を決めるのは、意識の役割。
その決めたことに対し、
体の抵抗がない(違和感がない等)とか、
体の強い同意がある(モチベーションが湧いてくる等)ならば、
後は余計なことを考えず(意識を働かせず)、突き進む。
必要に応じて、
進んでいる方向に危険はないかとかをチェックするために、
意識が介入することは必要だが、
事細かに意識が介入していては前へ進めない。


仕事ができる人は、仕事を楽しむ


ドラッカーさんは言いました。

仕事ができる人は、仕事を楽しむ。
すべてが面白いわけではない。
決まりきったこともしなければならない。
決まりきったことは山ほどある。
ピアノの巨匠は毎日3時間以上弾く。
面白くなくとも弾かなくてはならない。
面白くはなくとも、40年経ってもさらに進歩していることを実感する。
あるピアニストは「指に命が宿るまで」といった。
決まりきったことでも楽しむことはできる。



人間の卓越性について


人は夢を見ながら寝入っている間でも
足が痒いときに頭を掻いたりはしない。
足が痒ければ足を、頭が痒ければ頭を掻くものでござる。
人間には自ずから機能があって害を防ぐようにできている。
            伊藤一刀斎(一刀流流粗)

          -「脳と刀」保江邦夫著から引用

この言葉の意味するところは、
人間にはもともと防衛本能があって、
それは、意識的な技に勝る、
というような意味だと思われます

一方、ニューギニアの古いことわざに次のようなものがあります。

 知識は、それを体が覚えるまでは、単なる噂にすぎない。
 Knowledge is only rumor until it is in the muscle.



伊藤一刀斎の言葉は、
既に人間に備わっている本能を解放することの重要性について、
ニューギニアのことわざは、
社会生活を営む上で、知識・スキルを無意識に繰り出せるレベルまで
高めることの重要性を説いている、
と思われます。


どうすれば速く「型」を身につけられるか


おそらく、それは、何かを学ぶとき、
どれくらいアホになれるか、
だと思います。

この「アホ」という言葉を別の言葉に言い換えると、
どれくらい
何も知らない状態(純粋な状態、生まれたての赤ちゃんのような状態等)
になれるか、だと言えます。

既に習得した「型」に縛られていては
なかなか、新しい「型」は身につけられません。


「聞くだけで英語を習得できる」という英語教材が売れているようですが、
もし、赤ちゃんのような状態になれるのであれば、
その教材は効果があるでしょう。

しかし、学ぶ上で、いろいろな思考(日本語)が
どうしても頭の中を行き来してしまうという人は、
その英語教材は効果がないのでは無いかと思います。


型にはまり、型を崩す


人間は、生まれた後は、社会で生活していけるように、
親や教師その他の人々からいろいろなことを学びます。

それは、社会で生きていくための「型」を学んでいる、
と言えるでしょう。

そして、多くの「型」が無意識(体)に落とし込まれていきます。
(その代表的なものは、言語でしょう。)

しかし、成長するにつれて、
あるいは、周りの環境が変化するにつれて、
それまでは、社会で生きていくために必要であった「型」が、
自分を閉じ込めてしまう「型」、つまり制約になってしまうこともあります。

そして、変化に対応したり、自分を成長させたりするためには、
古い型を壊し、新しい「型」を身につける必要が生じます。

絶対に正しい「型」は存在しません。
どんな「型」が良いかは、自分の目指すものや環境との関係で
その時々で変わっていきます。

武術の達人が最終的に行き着くのが、
「自然体」であるのは、そういうことだからでしょう。



自分自身の狩人になる


坂本竜馬を斬った男とされる今井信郎が言ったそうです。

免許とか、目録とかいう人達を斬るのは
素人を斬るよりはるかに容易、
剣術なぞ習わないほうが安全



もちろん、これは言い過ぎで、
剣で身を守るために、剣術を習うことは役に立ちます。

しかし、技を身につけるというのは、
特定の動きのパターンを身につけることと同じです。

そして、そのパターンを敵に読まれ、それを利用されれば、
身につけた技が、自分を滅ぼす原因にもなり得ます。

狩人は、獲物の習性(パターン)を利用して狩りをします。

自分を変えたい、と思う場合、
その「変えたい自分」のパターンの活用次第で、
「なりたい自分」になることも可能です。


感情と記憶の関係


強い感情を伴った記憶は一瞬で体に落とし込まれます。

例えば、命の危険にさらされるような衝撃的な経験をすると、
それは、二度と忘れられない経験(記憶)になることが多いようです。

そして、その時の経験を思い出させるような出来事に遭遇する度に、
記憶がよみがえり、頭の中でそのときの場面が思い出され、
脚がガクガク震えたり、冷静に考えることができなくなったりします。
いわゆる、トラウマというやつです。

これは、ネガティブな反応を引き起こす記憶の例ですが、
同じメカニズムがポジティブな行動(反応)の場合にもあてはまります。

全く同じメカニズムを利用して、
自分が得たい(心と体の)状態を引き起こすための記憶を
体に落とし込むことができます。

(つづく)

測定出来ないものは改善できない


ものごとをうまくやれるようになろうと思ったら、
評価基準をつくることが必要です。

評価・測定できないものは改善できません。
できれば、数値化できると良いのですが、
なんでもかんでも数値化するのが妥当とも思えないので、
感覚的なものでも良いと思います。

そのためにも、達成したいものを五感で表現し、
それを認識しておくことは重要だと思います。