プライミング


「脳科学の教科書(神経編)」(岩波ジュニア新書)から引用

たとえば、「消・・・」ではじまる単語を答えるように、
という質問を見せられたら、「消化器」とか「消防車」とか、
いろいろ思い浮かびますね。
ところが、「鉛筆」「定規」「コンパス」などという単語のリストを
見せられたあとに、「消・・・」という字を見せられると、
「消しゴム!」と答えてしまいます。
こうした影響は、自分でも気づかないうちに働いているのが特徴です。
しかも、この効果は、「鉛筆」「定規」「コンパス」という
単語のリストを見せられたのがほんの一瞬(20ミリ秒以下)で、
自分でも何を見たか覚えていない、という場合でも働くのです。



人間は、無意識のうちに、環境からさまざまな影響を受けています。
しかも、その影響は、思っているよりもかなり強力かもしれません。

だとすれば、環境に振り回されないためには、
見るもの/聞くもの/感じるものを
意識的に選択し続ける必要があります。

しかし、意思の力は弱いので、そのための仕組みが必要です。

目標を紙に書いて、常に見ると良いと言われますが、
それは、その仕組みの一つの例でしょう。


モチベーションが大事


変化を起こそうというときに一番大事なのは
モチベーションです。

変わりたいというモチベーションがなければ
どんなに高度な知識やテクニックも無力です。

逆に、大きなモチベーションがあれば、
高度な知識やテクニックは必要ないかもしれません。

だから人の変化をサポートするとき
一番重要なのは、
いかに、相手のモチベーションを高められるかだと思います。


マニュアル化


先日、私の友人がマクドナルドで
「ホットコーヒーをお願いします」
と注文したところ、

店員から
「ホットコーヒーですね。ホットとアイスがございますが?」
と尋ねられたとのこと。

しかも、その友人は、過去2回これと全く同じ経験をしているらしい。

これをマニュアル化の弊害と呼ぶ人は多いが、
ここまでマニュアル化されているからこそ
極めて効率的なオペレーションもできるのでしょう。

このマニュアル化というのは、人間個人個人にあてはめれば
思い込みと言えるでしょう。

どんな人でも、自分の経験から、思い込みを作成して
人生を効率化しています。
思い込み無しで、その都度、頭を使って考えていたのでは、
人生面倒くさくてやってられません。

しかし、時には、その思い込みがもとで
人生が苦しくなったりもします。

だから、思い込みそのものは良いも悪いもなくて、
大事なのは、自分が苦しいときに、
その思い込みを別の思い込みに変えられるかどうかだと思います。


周辺視野


周辺視野とは、
全体をパッと一瞬で見取れることと言えます。

では、どうすればそんなことが可能なのでしょうか?

そのための方法(考え方)は差違に気づくことです。

全体を見ようとしても、全体を見ることはできません。
「○○しよう」とするのは、意識の働きですが、
意識は一度にたくさんの情報を処理できませんので、
無意識に任せる必要があります。

その差違が一瞬で検知できるためには、
自分が見たいもの/聞きたいもの/感じたいものを
無意識レベルに落とし込んでおく必要があります。

意識的に見つけようとしても、それでは遅いです。
探している間に状況は変化してしまっています。

そして、もちろん、それがハイレベルで実践できるためには
大量の訓練が必要です。


内部対話の止め方


内部対話というのは、
頭の中でいろいろなことを考えている状態です。

内部対話が起こっているときは、
「自分」の中の何かと何かが分裂状態にあるとき、
と言えるかもしれません。

そういうときには、何かに集中することはできません。


内部対話を止めるための一つの方法は、
目に見えているもの、耳に聞こえているもの、体で感じられているものを
ありのままに表現することです。

それは注意(意識)を外に向けていることになります。

意識が外に向かえば、自然と内部対話は止まるでしょう。


パフォーマンスを阻害する要因


パフォーマンスを阻害する要因として
内部対話と中心視野 があります。

内部対話というのは、独り言とか、自分自身との対話のことです。

内部対話が起こっているとき、注意は、自分の内部に向かっています。
そのため、自分の外で起こっていることに対する観察が
おろそかになってしまいます。

それゆえ、状況の変化に対応できなくなります。

例えば、コミュニケーションの場合ですと、
頭の中で余計なことを考えていて、
相手の言っていることが耳に入ってこなかったり、
重要なボディランゲージを見逃したりということが起こります。


そして、中心視野とは、
焦点が特定の対象にフォーカスされていることです。
その問題点は、
焦点が当たっているもの以外は盲点になってしまうことです。


理論は、一つの型に過ぎない


武術における究極の構えは、「自然体」と言われることがあります。

自然体とは、相手のどのような技に対しても
反応できる体勢です。

しかし、素人がいきなり自然体で構えても、
ボコボコにやられるだけです。

素人が上達するためには、
まず基本的な型を身につける必要があります。

そして、さまざまな相手に対応できるよう
技の幅を広げるために
いろいろな型を身につけていきます。

しかし、型を身につけるということは、
同時にその型にしばられることでもあります。

だから、達人になるためには、
身につけたあらゆる型を壊していく必要があります。

コミュニケーションに関するあらゆる理論に
これと同じことがあてはまるでしょう。


文脈で答えは変わる


コミュニケーションに関して、
なんたら理論とかたくさんありますが、
どれも間違いではないにしても
100%正しいなんてことはあり得ません。

文脈(状況、場面等)によって、答えは変わります。

ある文脈で正しいことも、別の文脈では間違いになります。

例えば、セールスの場面で、
一般消費者向けの商品など、商品に詳しくないお客さんを相手にする場合、
営業マンに求められるのは、論理的な商品説明よりも、
この人からなら買っても大丈夫という安心感かもしれません。

このようなケースでは、論理的にペラペラ話せるよりも、
トツトツとでも誠実さが表れた話し方をする方が良いかもしれません。

一方、例えば、医師に対する医療機器や薬の営業の場合のように、
お客さんが製品の用途について詳しい知識があり、
その結果が重大な影響をもたらすような場合、
正確かつ論理的なプレゼンテーションが求められるでしょう。


コミュニケーション能力とは


前回の記事との関連で言えば、
コミュニケーションというのは、かなり抽象度の高い概念です。

人間間に限らず、何かと何かが情報のやりとりをすれば、
それはすべてコミュニケーションと言えるのではないでしょうか。

よく、企業の採用で最も重視される項目として
コミュニケーション能力が上げられますが、
単にコミュニケーション能力というだけでは、
それが何を意味しているのかわかりません。

おそらくは、言ってる方も聞いてる方も単純に
人間関係をうまくやる能力とでも思っているのでしょうが、
それだけでは、具体的に何を指しているのか、さっぱりわかりません。

コミュニケーションにもなんらかの意図や目的があるはずです。
そして、それは状況や場面によって違ってくるでしょう。

そして、その意図や目的によって
どのようなコミュニケーション能力が適切かは変わってきます。

コミュニケーション能力とは、
論理的に話せることでもなく、スムーズに話せることでもなく、
その情報のやりとりを通して、
意図や目的を達成する能力です。


より高い抽象度で考える


より高い抽象度で考えるとは、
より多くのことにあてはまるレベルで考える、
ということです。


例えば、
リラックスするためにたばこを吸う、という場合
たばこを吸う、というのはリラックスするための手段です。

そして、
リラックスするための手段は、他にもたくさんあります。

だから、
リラックスする、というのは、
たばこを吸う、よりも抽象度の高い考え方です。
手段よりも目的の方が抽象度が高いです。

そして、この場合、
たばこを止めるにはどうすればいいか?
と考えるより、
リラックスするためには、どうすればいいか?
と考える方が、より本質的な考え方だと言えます。