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お星さまは、昼間は見えない

昼間は、空に星は見えません。
それは、星が存在しないからではなく、
空が明るいから星が見えないだけです。
空が暗くなると、星が見え始めます。

人間が何かを認識するためには、それと対照をなすものが必要です。
対照をなすものがあって、初めてその存在に気付くことができます。

これは、別の表現をすれば、
「違い」を浮きだたせる何かがなければ、
それを認識することはできない、
と言えるでしょう。

そして、「違い」を認識できるようにするためには、
自分の探しているものを、
見えたり、聞こえたり、感じられたり、
つまり、五感でとらえられる形で表現する必要があります。
五感を使って表現することで
何かと何かを比較できるようになり、
その「違い」が認識できるようになります。

自分が気づいていない能力などのリソースを探すとき、
探そうとしているものを、五感を使って表現していなければ、
それを既に持っていたとしても、気づけないでしょう。

たとえば、「自信」につながる何かを自分の中に探そうとするとき、
「自信」という言葉を五感を使って表現できなければ、
すなわち、
見えたり、聞こえたり、感じられたりする形で表現できなければ、
それを見つけることはできないでしょう。
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能力が有ることに気付いていないだけかもしれない

梅干を食べたことがある人は、
自分が梅干を食べているのを想像するだけで
勝手に(無意識のうちに)つばが出てきます。

もちろん、梅干を食べたことがない人は、
梅干の味(酸っぱさ)を知らないので、
梅干を食べている場面を想像できたとしても
つばは出てきません。

また、たとえ、梅干を食べた経験があっても、
その酸っぱさを記憶として思い出せなければ、
つばは出ません。

ここで、この話を一般化するために、
つばが出ることが、自分にとって望ましい反応である
(つばが出ること = 自分が望む結果)
と考えてみます。
(あまり、そんなケースはないと思いますが、
あくまで例として考えてみます)

すると、望ましい反応を得るためには、
その反応を引き出す経験(記憶)をしていることが必要だ
ということがわかります。

しかし、経験(記憶)があったとしても、
それを思い出せなければ、
望ましい反応を得ることはできません。

ここでポイントとなるのは、
望ましい反応を得られないとき、
その原因は、
本当に経験(記憶)が無いからなのか、
それとも
本当は、経験(記憶)があるが、それを思い出せないだけなのか、
ということです。

梅干の酸っぱさを思い出すのは簡単ですが、
人間は、人生の中で経験してきたさまざまなことを
すべて簡単に思い出せるわけではないので、
そのように考えると、
今現在、自分(意識)では気づいていないけど、
自分の人生に役立つ経験(記憶)が、
無意識の領域にたくさん埋もれているかもしれない
と考えることができます。

それら埋もれているものを活用しないのはもったいないことです。

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