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常識


社会生活を営む上で、「常識」という価値観に従うことは
もちろん必要であり大切なことです。
一方で、
「常識」が個人として能力を発揮する上での妨げとなることもあります。


「人と会話するときは相手の目を見て話しましょう」とか
「人の話を聴くときは、ちゃんと相手の目を見て聴きなさい」
とよく言われます。
しかし、聴覚優位の人の場合、人の話を真剣に聴こうと思ったら、
目ではなく、耳を相手に向ける必要があるかもしれません。
当然、耳を相手に向ければ、目は相手から逸らさなくてはなりません。
あるいは、
自分の頭の中で話す内容(言葉)を想起しながら話す場合、
目線を相手の目から離す必要があるかもしれません。

また、体感覚優位の人の場合は、
体を動かして学ぶことで、
最大の学習効果が得られると考えられますが、
学校では、
お行儀良く、机(椅子)に座って学習することが求められます。


このように「常識」が、本来の目的(真剣に聴く、学ぶ等)の
阻害要因となることがあります。


特に、純粋な(表裏のない)子供の場合、
その子が、親や教師に言われたとおりの
本来の目的を達成しようと思って、行動したら、
褒められるどころか、逆に、怒られた、
ということにでもなれば、
その子供は、その後、どのような行動をとるようになるでしょうか?


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