生まれか育ちか

普通、日本人であれば、日本語を話すわけですが、
しかし、
日本人であっても、
アメリカで生まれ育てば、英語がペラペラになりますし、
日本語に触れる環境がなければ、日本語を話せるようになりません。

このことから考えられることは、
どのような言語を話せるようになるかは、
生まれで(遺伝的に)決まっているのではなく、
どのような環境で育つのかによって決まるということです。


人間は、ものごとを言語で考えますので、
このことは、人のものの考え方とか、
そこからつながる行動パターンや性格にも
あてはまると考えられます。

ということは、
外国語を学ぶことができるように
新しい自分になることもできると言えるでしょう。

もちろん、外国語を学ぶのに
やる気と、学び実践しつづけることが必要なように、
新しい自分になろうと思ったら、
それなりのやる気と、そこへ向かって努力しつづけることが必要ですが。


状態の切り替え


人間は、大きく異なる心と体の状態を同時に経験することはできません。
たとえば、
楽観的であると同時に悲観的な状態にはなれません。

そして、状況に応じて、それに相応しい心と体の状態は異なります。

たとえば、
創造的なアイデアを出したいときには、
ものごとを分析的・批判的に考えない方が
良いアイデアが出てくる可能性が高くなります。

このような場合には、体と心の状態は、
目線は上向きにして、視線は特定のものに集中させず、
胸は開き気味で(椅子にもたれたりして)、
リラックスしているような状態が適しているでしょう。


一方、
そのアイデアを具体的に実現させていくためには、
分析的・批判的に検討することが必要になります。

このような場合には、体と心の状態は、
目的を明確に意識し(視点をそこに定め)、
目線はまっすぐ、あるいは下向きにし、
足はしっかり地に着け、腕を組んだりして、
体に少し緊張があるような状態が適していると思われます。

このように、
状況に応じて、それに適した心と体の状態は変わってくるので、
あたかもスイッチを切り替えるがごとくに、
自分がやろうとしていることに応じて、
柔軟に心と体の状態を切り替えられたなら
それをを効率的かつ効果的に進めていくことができます。


違いを見つけるために

違いを見つけるためには、
複数の観点からものごとを見る必要があります。

正解が一つしかないと思っていたら
その観点でしかものごとを見れません。

だから、どんなことでも、
見方が変われば、正解も変わる
と思えることが大事です。

そのように思える限り
ものごとに行き詰まってしまって
前に進めなくなるということはありません。

だいたい、行き詰まってしまうのは、
それまでに身につけた価値観や常識に縛られているときです。
そのような固定観念でしかものごとを見れないときです。

だから、
いろいろな観点を持てるようになるための訓練としては、
ときどき、
自分が当たり前と思っている価値観や常識を疑ってみることでしょう。


ただし、常に、自分の価値観や常識を疑っていたら、
何も信じられなくなって、何もできなくなってしまいます。

だから、
何かをやるときは、これしかないと思って一所懸命にやり、
行き詰まったら、他にもいろいろなやり方があると考えて試行錯誤してみる
というのが理想です。

それをやるためには、
自分の状態のスイッチを切り替える能力が求められます。


違いが新しい価値を生み出す


違いのないところには、新しい情報はありません。
新しい情報がなければ、新しい価値も生まれません。

だから、何か新しいことをしようと思ったら、
まず、最初にすることは、違いを見つけることです。

違いを見つけるためには、
何かと何かを比べる必要があります。

何と何を比べるかは、
何をやろうとしているのかで決まります。

たとえば、何かをしたいと思ったら
その分野で活躍している人(モデル)と、自分とを比較します。
そうすると、そのモデルと自分の違いに気づきます。

そして、違いがあるということは、
その分野で活躍するのは難しいということかもしれませんが、
もしかしたら、
その分野で新しい価値を生み出せる、ということかもしれません。

どちらの考え方をするかは、本人次第です。


道理をわきまえた人間は、世界に自分を合わせるが、
道理をわきまえない人間は、世界を自分に合わせようとする。
これが、あらゆる進歩が道理をわきまえない人間によってなされる理由である。

- ジョージ・バーナード・ショー


言葉でウソをつけても、脚(足)はウソをつけない


「FBI捜査官が教える『しぐさ』の心理学」(河出文庫)によれば、
体の中で最も正直な部分はどこかと言えば、
それは、「足と脚」とのことです。

それは、太古の昔から、
足と脚は、人類が動き回るための第一の手段だったからです。

生物にとって一番大事なのは自分の身を守ることですが、
敵に遭遇した時に一番先に反応すべきなのが足と脚です。

ライオンやトラに出合った時に
すぐに反応しなければ食べられてしまうかもしれません。
考えていたのでは遅いのです。

それに対して、言葉は進化の過程で最も最近できたものであり、
思考と一体のものですから、考えた上で発することができます。

また、「作り笑い」等の言葉があるように、
顔の表情もつくることが出来ます(できない部分もありますが)

それに対して、足と脚は、あまり注意が向けられず、
そこには、その人の正直な反応が表れるようです。